ついにスイス留学へ出発!!:偏差値50だった僕がアーヘン工科大学に入学した

皆さんこんにちはアーヘン工科大学のセイジです。
前回の投稿では自分の母校である国立高専入学のメリットについて紹介させていただきました。

今回はついに念願のスイス留学出発から到着までを振り返っていきます!

以前投稿した記事はブログ:偏差値50だった僕がアーヘン工科大学に入学したからどうぞ!!

 




留学だけじゃない!!出発前オリエンテーションこそに価値がある!!!

留学前にAFSで行われる行事に出発前の夏オリエンテーション(通称:夏オリ)参加が必須!!でした。

夏オリには全国から留学予定の個性豊派高校生達が集まり2日にかけて
オリエンテーションでは留学の諸注意の説明のほかに、
過去の留学生の体験談を聞いたりと様々なイベントが行われました。

中でも夜にみんなで集まってお互いの将来を
熱く語り合う時間が一番盛り上がった。

「うおおお 俺は国境なき医師団に入るぜーー!!!」
というやつから

「俺はパティシエになりたいからベルギーに留学したかったんだ!!」
という変わり者まで

当時の僕からすれば比較にならない熱い野郎が集まっていました。

旗から見れば若干中二病のようでしたか、
今振り返ってみると彼らはそれぞれ医学部に進み、料理人になるなど
それぞれ夢に向かって今でも走っています。

他にも留学を終えて高校と卒業すると同時に独立するものや、
大学卒業後にプロのミュージシャンとして活躍する友達もいました。

今振り返ると彼らと知り合えたことが留学中の何よりの収穫だったと思う。

だから

「どこどこのあいつが成功したぞー」っていう話を聞くたびに

「あいつらに負けられねえ!!」

という勝手なライバル意識を持ち、勝手にモチベーションが上げていました。
もちろん今でも持っています。

今ドイツの大学に通っているのも彼らのおかげで、
また10代の時に良いライバルと出会えたことが今の自分につながっていることは間違いないです。

初めての留学ついにスイスに到着!!

出発前夜、中の良い友達と同じホテルに泊まっていたが、
彼は当日遅刻したり荷物が重量オーバーになったりいきなりトラブルだらけ...

なんだかんだで出発しそして成田空港から14時間飛行機に乗り、
ついに念願のスイスへ到着!

スイスに住んでいるドイツ人ホストファミリーが空港へ迎えに来てくれたのだが、
とにかくでかい
身長190センチくらいのビックなファミリーたちが僕を出迎えてくれた。

ホストファミリー:「へーいセイジようこそスイスへ!! これから一年よろしくね!!」

僕:「あー よろしくお願いします。セイジです…」

つたない英語で自分も自己紹介した後に家へ向かった。

ホストファミリーの家はスイスのアールガウにある少し大きめのバーデンという街だった。

家の裏には畑と芝が広がり羊や牛が放し飼いされているなど、
まさにリアルハイジな風景が広がっていた。

最初の1週間は特に学校もなかったのでホストファミリーに日本のお土産を渡したり、
チューリヒの街を紹介を紹介して貰ったり初めてのスイスを存分に満喫した。

そして休みが終わり語学学校がついに始まったのだが…

 

ドイツ語語学学校でいきなりイタリア人にバカにされる!!

留学して最初の一か月は語学学校に通うことになるのだが、
バーデンの自宅から語学学校までは1時間半以上かかるオルテンという大変不便な場所にあった。

米子高専時代は家から徒歩一分で教室だったのでなおさら不便に思えた。

そうしてついにドイツ語の授業が始まるのだが…「nominativ dativ?全くわからない…」

授業はドイツ語と英語が混じった授業だったが、到底僕には全く全然わからなかった。

  • ドイツ語圏に留学するなら少なくともA2は取っておいたほうが良い!!

授業の合間もほかのAFS外国人高校生から…

イタリアはな子:「ひゃっはー 君英語喋れないのかのおお?!」
シンガポール君:「ヘイ ヘイ サムライ スシ こんにちは」

僕:「こいつらめっちゃムカつく!!やんけ。米子高専の寮に入れてやりたいわ!」

語学学校に通っているときはコミュニケーションが取れない事や他の国のやつらにバカにされることは相当イライラした

僕:「絶対こいつらよりもドイツ語できるようになってやる!!!!」

そこから死ぬ気のドイツ語勉強が始まる。

入学した高校は過去にアインシュタインもいた名門校!!!

語学学校は最初の一か月の午前中だけで、その後はスイスの高校へ入学することになっていた。

とくに僕が入学した高校はスイスのアーヘンにある高校(neue kanton schule aarau)という学校で
過去にアインシュタインが卒業した高校(alte kanton schule)の後にできた新しい学校だったので
かなりスイスでも街でも有名だった。

初めて教室に入った時、
「誰やねんこいつ」みたいな目でみんなが注目する。

「100%スイス人やんけ!!」

それでも事前にクラスには連絡があったようで
先生:「あー君が新しい留学生ね! そこ空いてるから座って!今から授業よ」

と先生に言われるがまま座り授業が始まる…「全然わからん!!」
まさに最初の3カ月は何を言っているのか1ミリたりともわからなかった…

それでも休憩時間になるとアーラウには日本人がほとんどいないからか、
初めの一週間はクラスメート全員天然記念物を見るかのように興味を持ってくれたので、
自分から声をかける必要はなかった。

スイス人もポケモンやアニメのことを知っていたので、
初日に限っては

ロビン:「ヘイ セイジ 俺ロビンいうんやけど、デジモン知ってる?」
僕:「知ってるで」

クラスメート:「うおおおおお!!!」

ロビン:「じゃあ ワンピースは?」
僕:「知ってるけど」

クラスメート:「うおおおおお!!」

といった感じで、超元気なクラスメートたちで運が良かったし、
何より日本のアニメクリエイターに心の底から感謝した。

それでも2週間がたつ頃にはみんな飽きてきていたので、

「やばいやん!ポケモンやアニメだけじゃいつか飽きられる!!」

2週間んでドイツ語が喋れるようになるわけがないので、
もっとスイス人の友達が欲しかった僕は大きな決断をすることになる。



言葉が喋れなくてもできることはある!そうだヘアスタイルを変えよう!!!

留学生に共通する悩みで現地で友達を作るのはかなり大変だ!

最初から言葉が喋れるならまだしも、言葉が全くできない留学生はあれやこれや試行錯誤する必要がある。

アニメやに折り紙だけではどうしても最初の2週間は何とかなるが、飽きられる!!
どうやったら友達ができるだろうと考えたときにあのアイディアに至った。

「そうだ髪型を変えよう!!」

早速美容院に髪型の設計図を持っていき

僕:「すみません…このスケッチしたとおりに刈り上げて染めてもらえますか?」
美容師のスタッフ:「え、まじで言ってる?おもろいから、後で写真撮らせてな!」

この時のヘアスタイルが両サイドにスイスの国旗をいれ赤い部分だけ赤で染めてもらい、
白の部分は添ってもらうという大胆な髪型だった。

これが功を奏したのか学校で、人一倍目立つようになり、
クラスメート以外にも学校の生徒から名前を憶えてくれるまでになった。

題らしい問題は通学途中や観光地で一緒に写真を求められたり盗撮に合うことくらいだった。

でもそのおかげで友達を沢山作ることができ見事クラスになじむことができたので、
留学したばかりで友達ができない事に悩んでいる方は
ぜひ実践してみてはどうでしょうか?

 

鬼の米子高専寮生活が役に立った死ぬ気で5カ月ドイツ語勉強

スイスへきて最初一番困ったことと言えばドイツ語も英語もろくにできなかったことだ。
最初の1カ月はホストファミリーや友達とは、全くと言ってよいほどコミュニケーションが取れなかった。

それでもその後の語学学校でイタリア人にバカにされてから、
鬼のドイツ語の勉強が始まる。

高校ではドイツ語で授業があってもドイツ語の授業はなかったので、
我流でドイツ語を勉強し始める。

とにかく日本から持ってきた単語帳をボロボロになるまでひたすらくりかえり勉強し
そして覚えた単語や表現はすぐに学校やホストファミリーに正しい使い方を
聞いて毎日実践していった。

そして半年間、日本語でのネットサーフィンや両親との連絡すべて遮断した。

僕のドイツ語言語習得3の心得

  • 日本人とは両親であっても話さない、そして会わない!
  • 日本語を絶対に見ないし聞かない(勉強中は除く)!
  • 現地のスイス人としか遊ばない!

この生活を半年間、
続けているうちにドイツ語がみるみる上昇していった。

しかし若干我流であったため当時の友達から

マーク:「お前のはドイツ語やないセイジドイツ語や」と言れる。

僕:「いや君らもドイツ語じゃないやん(笑)」

そんなこんなで初めての半年は友達や家族にも恵まれあっという間に過ぎていくのでした。

それでは今回はこのあたりでまた次回にまた会いましょう。



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