『ドイツ語の挫折』と『マーティンとの出会い』:偏差値50だった僕がアーヘン工科大学に入学した

こんにちは!セイジです。

前回ついにミュンヘンに引っ越してきて
ドイツ大学に入学するためにスタートを切ったわけですが、そこからの道のりは想像していたよりも過酷でした。

そんなドイツ語学校での苦労話初めてできたドイツ人の友達の話を紹介していこうと思います。

ついにスパルタドイツ語学学校に入学!!

引っ越しから数日後、
ついにドイツ語の語学学校が始まった。

語学学校のクラスは入学試験の結果から振り分けられ僕はB2クラスに入った。

『B2クラスってどんなレベル?』という方にはTOICEで言うところの600点くらいだろうと思ってほしい。

クラスに入るともう数人のアジア人が教室で待っていた。5分前になるころには全員そろっていた。

クラスにはチェニジア、イラン、フランス、イタリアやスペインなど年齢も出身もバラバラだった。

お互いの自己紹介もほどほどに授業の時間になり先生が入ってきた。

マリー先生:『はい、今日から2カ月君たちの先生になったマリーです。よろしくね!』

和やかな雰囲気で授業が始まった。基本的に授業はドイツ語の文法やリスニング勉強など、どの語学学校でもある普通の授業だ。

正直僕はこのレベルの授業なら問題なくついていけると思った。

僕:『あ~なんだ結構ゆるいな…\( ̄0 ̄)/これなら楽勝っしょ』

特に初日の授業は自己紹介やカリキュラムの説明が殆どだったし。なおさら楽勝に感じた。



授業後

マリー先生:『はーい じゃあ明日までの宿題ねえーとプリント5ページと作文と明日はCDUとSPDや政治についてやるから予習してきてねー』

『ふぁ?多くね(笑)…まあいいや宿題だけちゃんとしとこ..』

語学学校に入学して最初の2カ月、決して手を抜いて勉強していたわけではない。放課後ははしっかり図書館に行き出された宿題もしっかりこなした。少なくとも、周りのイタリア人やフランス人の同級生よりは勉強していた…と思う。ただそれだけでは足りないと知るのは、もう少し後になってからだった。

 

正直に言おう僕は授業についていけなかった。

授業が楽だったのも最初の数日だけで、1週目が過ぎたあたりから鬼のような日々が始まった。

授業の内容も実際にドイツ語準1級や1級の試験に出題されてもおかしくないテーマや難易度の物ばかりでついていくのにも必死だった。

宿題もハイレベルな文章読解やライティングの課題などなど僕のレベルよりも数段高いものだった。

マリー先生『はい!今日はプラシーボ効果がテーマです。さっそくですが、プラシーボ効果ってみんな知ってる?』

ビビアン『プラシーボ効果とは偽薬を使った…@€Z(“)Z§….薬効として効く成分eiur9@Ü*SA…』

僕『呪文にしか聞こえない…全く理解できねえ...(´;ω;`)』

特に学問の専門用語や政治・医学に関して僕のドイツ語は無力に等しかった。

回りのヨーロッパから来る同級生は放課後もそんなに勉強しているようには見えなかった...

僕:『なんでそんなに文章とか単語とか早く理解できるの?』

イタリア人の友達:『ん~例えば医療系の単語とかってラテン語からきてるだろ?だからスペルが似てるんだよ。政治もそうさ。単語が難しくなるにつれ僕らの使ってる言語に似てくるんだ!』

正直にうらやましかったし、医学用語や学問に関する専門用語など、僕と彼らには歴然とした実力の差があった。

そして語彙力の差はクラスで行われる小テストで容赦なく結果に出る事になる。

5回連続で落第点を取ったあたりだろうか…マリー先生は容赦ない一言を浴びせる。

マリー先生『あなたにはこのクラスは早すぎるかもしれないわ もう一つ下のクラスはどうかしら?』

正直、先生から直接この言葉を聞いたときはショックを受けた。

特にみんなの前で言われたので、いろいろ恥ずかしいというのもあっただろう。
なんとかマリー先生に他の込みクラスに居させてもらえる事になったが…

ドイツの語学学校に来ていきなりボコボコにされた僕は半泣きになりながらドイツ語を勉強する日々が始まる。

ドイツの語学学校に入学して最初の1か月...
  • 宿題はしっかりこなし授業の復習する。
  • 放課後には語学学校の友達とカフェや一緒に食事
  • 休日にはミュンヘンのスタムティッシュ(飲み会)
ドイツ語の授業や試験でボコボコにされてから...
  • 出された宿題と復習は当たり前むしろ1時間で終わらせる。
  • 自らドイツ語のテキストを買って授業以外のドイツ語勉強もする
  • 休日も図書館に閉じこもり勉強、全ての遊びを断つ。

初めてのタンデムパートナー マーティンとの出会い

ある時通っていた語学学校の先生から

マリー先生『あなたのドイツ語はカタストロフィ(崩壊している)だわ!!とにかく文法を意識しながらいろいろな人とコミュニケーションを取りなさい!タンデムとかするとイイわよ!』

僕:『タンデムってなんじゃらほい?』

ググってみるとタンデムとは【日本人がドイツ人に日本語を教えるかわりにドイツ人はドイツ語を教えること】らしい...

僕:『要するネットで日本語に興味のある人を見つけて、カフェでお茶しながら一緒に勉強することやな』

ネットでカタカタ【タンデム ドイツ人】と検索すると色々なサイトが出てきた。どうやら語学勉強する人にとってタンデムは一般的らしい。
ほうほう...とそのサイトににタンデムパートナー探していますの旨とユーザー情報を登録した。



数日後

僕:『あ、メール来てる』

ドイツ人:『こんにちは僕はュンヘン大学の学生で、日本語に興味があります。一緒にタンデムしませんか?』

正直女の子が良かったが、数日待ってこの男からしか連絡が来なかったので彼とタンデムすることにした。

お互いフェイスブックでアポを取り、
初めての連絡から数日後、大学のカフェで初めてマーティンとあった。

マーティン:『はじめまして ぼくは まーてぃんと申します』

僕:『はじめまして僕はセイジです。ドイツの大学に入学したいから、今はドイツ語学校で勉強しています。』

マーティン:『君 ドイツ語うまいね 私の日本語はまだまだです。』

マーティンはミュンヘン大学の博士らしく、普段は学部生の授業を持ったりとかなり優秀らしい。

こうしてドイツ語の勉強をするという目的で毎週マーティンとタンデムするようになった。

有無を言わさず1860ミュンヘンのファンにさせられる

ドイツに来る前僕はそこまでサッカーに興味がなかった。友達の部屋でFIFA(サッカーゲーム)をするくらいでお気に入りのサッカーチームがあったわけでわない。
もちろんバイエルン・ミュンヘンは知っていたし、一度観戦に行ってみたいと思っていた。

だが、語学学校でケチョンケチョンにされて以来、僕は休日でも図書館に閉じこもるようになっていた。

マーティンとタンデムをはじめてからだろうか...

マーティン:『ヘイ セイジ明日サッカーの試合があるから応援に行こうぜ!!』

セイジ『バイエルンミュンヘンのサッカーの試合って高いんやろ?』

マーティン:『ふざけるなよ!!俺があんなチームのファンなわけないだろう!!俺は生まれたときから1860のファン!チケット代は心配するな!!!うちのチームはめっちゃ弱い弱小チームだから7ユーロだぜ!!』

どうやらミュンヘンにいるバイエルンファンと1860ファンは昔から仲が悪いらしい。彼曰く、バイエルンファンはMünchner(ミュンヘン人)ではないそうだ。

セイジ『いやあ僕は図書館で勉強するよ』

マーティン:『セイジ、勉強しすぎてもだめだよ!サッカー観たことないんだろ!俺がチケットおごってやるから!な!

結局、マーティンに無理やり連れていかれる形で僕はサッカー観戦に行った。

当日、ホームスタジアムのアリアンツアリーナに行くともうサッカーの試合が始まっていた。

スタジアムに入るとそこはファンの熱気と怒号に包まれていた。

爆竹や食べ物をスタジアムに投げ込むファン上半身裸のファンがいたり周りには警察の機動隊が並んでいた。

噂に聞いていたがかなり熱狂的なファンが多いクラブだった。

ファン暴れてるし...

1860ミュンヘンのファンは荒れていていつも周りは

ファン:『Sechziiggg Müüünchhhenn schlalalaaaa schallala la laal lala laaaa sechzigg!!』

ファン:『Scheisse FC Bayern!!(くたばれバイエルンミュンヘン)』

の怒号祭り(笑)。

結局、その日の試合はアディショナルタイムに劇的勝利で終わった。

1860ミュンヘンのサッカーは荒れたサッカーが特徴で他チームに比べて強いわけではなかったが、
マーティンに連れられ何度も観戦に行く度に僕も1860ミュンヘンに愛着を持つようになっていった。

そして3度目辺りの観戦の時には1860のユニフォームを60ユーロ(8000円)を着て観戦するようになっていた。

そうファンになったのである...

続きはまた次回に

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