皆さん、初めまして。白くま(note)と申します。
2020年の4月に名古屋大学の農学部を卒業し、10月からドイツのシュトゥットガルトにあるホーエンハイム大学の大学院に入学します。
名古屋で生まれ、名古屋で育ち、名古屋大学に入り、人生の殆どを名古屋で過ごしてきました。
このまま大学院も名古屋でと考えていた私ですが、大学での出会いや数々の経験を通じ、ドイツの大学院に進学することを決意しました。
一般的に、ドイツ留学といえば語学習得というイメージが強く、理系学部での留学はまだまだ少数派です。特に、私のような農学部の学生は、留学情報が少ないということもあり、ドイツへの進学を考える学生はさらに少ないのが現状です。
第1回となる今回の記事では、私が出願するキッカケになった出来事を、写真を交えてお話していきたいと思います。
後編となる次回の記事では、ホーエンハイム大学から入学許可を頂くまでの具体的な流れを紹介していく予定です。農学部は勿論のこと、理系の学生でドイツへの留学を考えている方々の参考になって頂ければ幸いです。
醸造に興味をもったキッカケ
大学入学から澤田酒造との出会い
時を遡ること2016年、私は地元の名古屋大学農学部に進学しました。
小さい頃から憧れの大学だったこともあり、入学できたことは今でも誇りに思っています。しかし、入学後はアメフト部に入部したものの直ぐに辞めてしまい、自分のやりたいことが分からないまま勉強もおざなりになり、本当にひどい学生生活でした。
そんな模範的とは言えない学生生活を送る中、大学2年の夏に転機が訪れました。
ある日、サークル活動で畑を手伝いに行っていた農家さんから、日本酒の蔵元である澤田酒造を紹介されました。
当時はなんとなく日本酒に興味がある程度だったのですが、自分の専攻に深く関わる分野な上に発酵を本格的に学べる良い機会と思いアルバイトで働くことにしました。
当時は、まさかこの経験が私の人生に大きな影響をもたらすとは思っていませんでした。
澤田酒造から得た2年間の学び
澤田酒造では2017年から2年間、アルバイトという形で酒造りの基礎となる知識と技術を学んでいきました。
しかし、はじめの頃は作業に不慣れなこともあり、ミスで怒られることも度々ありました。力作業も多く、酒造りは大変だ… と弱気になる事もありましたが、一緒に働くメンバーの温かいサポートもあり、楽しみながら学ぶことが出来ました。
「お酒造りってどんな作業があるの?」と気になる方がいるかもしれませんので、私が澤田酒造でしていた仕事を少しだけご紹介できればと思います。
澤田酒造は愛知県常滑市にあり、嘉永元年 (1848年) から170年以上続く酒蔵で、今もなお伝統的な方法でお酒を製造しています。一番の特徴は木製の大甑 (こしき) で、磨かれた酒米を蒸し上げます。
朝早くの蔵は甑から出る米の香りに包まれており、神聖な雰囲気を感じます。蒸された米は繁忙期には1トンを超える重量になり、掘り出すのは本当に重労働です。時には私も甑に入り、スコップ一本で掘り出しました。
酒造りには麹・酵母・水が不可欠です。麹は蒸米に麹菌を繁殖させたもので、酵母と一緒にモロミの基礎となる酒母を造ります。私はこの酒母の香りが本当に好きで、作業の中時間を見つけては嗅ぐのが密かな楽しみでした。
この酒母に3回に分けて麹、蒸米、水を追加して、モロミになります。モロミの中では麹菌がデンプンを糖分に分解する糖化、酵母が糖分をアルコールに変換する発酵が同時に行われます。この糖化と発酵が同時に行われる発酵方法は並行複発酵と呼ばれ、世界でもごく一部の酒造りにしか使われません。
そうして1ヶ月後には発酵が完了し、モロミを搾ると澄み切ったお酒が出来ます。その後はろ過や火入れ等の工程を経て、日本酒が完成します。ちなみに、しぼりたてのお酒はまだ炭酸が残っており、シュワシュワとした感覚が楽しいです。これを飲めるのはまさに蔵人の特権です。
アルバイトという形ではありましたが、ほとんどの作業に携わらせて頂きました。文献ではわからない多くのことを現場で学べたのは本当に幸せでした。
そして、なにより幸運だったのが沢山の素敵な人たちと一緒に働けたことです。社長と副社長の薫さん、ヒデさん、杜氏 (とうじ: 酒蔵の最高製造責任者) である三浦さん、頭 (かしら: 現場のリーダー) の横田さん、一緒のシフトの千賀さん、横井さんを始め、蔵の皆さんにはお酒のことから人生のことまで多くを教えて頂きました。時には私の我儘や失敗を寛大に受け止めてくださり、蔵人としてだけでなく人間としても成長することが出来ました。本当にかけがえのない存在です。
私は醸造家になるのを決めた
この2年間、酒蔵で酒造りを学び、時には先輩から怒られる事もありましたが、自分の携わったお酒が品評会で賞を取った時には飛び上がるほど嬉しかったです。
澤田酒造で醸造の経験を積み、大学で農学について学ぶうちに、「自分のオリジナルで美味い酒を作ってみたい」という気持ちがどんどん強くなっていきました。
そうして私は、醸造家になることを決めました。
もちろん一筋縄では行きません。
醸造家になるには学ぶべき事は沢山あります。お酒作りには高い技術と専門知識が必要であり、醸造家を目指した時点ではまだまだ足りていませんでした。そして、時には自分が本当に酒造りに適性があるのか不安に思うこともありました。
それでも、澤田酒造で米を洗って、蒸して、冷やして、切り返して、醸して、絞ってなど、蔵人としてできることを沢山経験させてもらったおかげで、醸造家になる不安を少しずつ拭っていく事ができました。
大学生にとってアルバイトは、自身の成長と同時に将来を考える大切な時間だと思います。農学部なら食品メーカーや農家さんのところで働いたり、工学部ならIT企業で働いたりと、色んな酸いも甘いも噛み分けることで将来設計はより確かなものになると思います。
興味が先んじて将来の夢を決めることも一つの手ですが、経験がない状態では理想との食い違いや力不足のせいで後悔してしまっては悲しいです。だからこそ、実際に働くことで理想の肉付けを行っていき、本当の夢を探して行ってほしいです。
ドイツの大学を選んだ理由
そもそも日本の大学では大麦を学べない
記事の冒頭でも触れた通り、ドイツ留学といえば語学や音楽留学を連想する方も多いと思いますが、醸造を学ぶのにも最適な国です。
イギリスやドイツを始め多くの国が大麦の研究に力を入れており、例えば、世界中で栽培されているビール用大麦であるAlexisはドイツのバイエルン州の育種会社が作り出しました*1。私もAlexisのような良い品種を作り出し、今までにないクオリティのビール、ウイスキーを造ることを夢見ています。
さらに、醸造学科を持つ大学はドイツならミュンヘン工科大学、イギリスならノッティンガム大学を始め数多く有り、また、原料の大麦やホップに関する作物科学科も負けていません。
もちろん日本でもこれらの科目を学ぶことは出来ますが、温帯気候に属する日本の気候では醸造用の大麦の栽培はほとんど進んでおらず、他国に大きな遅れを取っています。また、研究機関の数も少なく、日本で大麦を専門に研究することは難しいのが現状です。
以上を踏まえ、私は海外の大学院への進学を考え始めました。
ここで読者の方にはお気づきの方もいると思いますが、醸造家を目指すはずなのに、なぜか私は大麦の研究について話しています。
事実、私は出願の際に大麦を学ぶか、醸造技術を学ぶかで迷いました。ただ、醸造技術については澤田酒造での経験があるので企業に入社してからでも遅くありません。
その一方で、大麦の育種について大学レベルで学んでおきたいという気持ちと、また単純に栽培が好きということもあって、作物科学科への進学を強く考えるようになりました。
ドイツ人の先輩マウリジオさんからのアドバイス
醸造家になることを決意した当時は、そのまま名古屋大学の院に進学するつもりでした。
でも、頭の中ではドイツの留学のことを少し考えていました。
ある日、学部3年の実験実習でドイツ人の先輩のマウリジオさん (マウリさん) に出会いました。実習後に2人でランチに行き、その際に留学のことを相談しました。
マウリさんは日本以外にも2カ国に留学されていた、まさに留学マスターで、ドイツでの勉強の魅力から現地での生活のことなど、本当に多くのことを教えて頂きました。
マウリさんからのアドバイスはドイツ留学を考えるにあたり大きなモチベーションになり、出願の際には志望動機書の添削など何かとお世話になりました。本当に頭が上がりません。
その後、ドイツ留学ラボやDAADでの留学体験記を読んでいくうちに、ドイツ留学への興味がどんどん湧いてきました。また、今年ミュンヘン工科大学の修士課程を卒業された山本さんのブログからも留学の情報を沢山頂きました。
これらがキッカケで、ドイツへの留学を本格的に考え始めました。
実際にドイツを訪問し、大学院への留学を決意
ドイツ留学を考え始めたと言っても、流石に一度も行ったことのない国で留学するのは無鉄砲すぎます。また、いざ入学してから「ドイツでの生活が合わないな…」「このコースは選択ミスだ」など後悔しては勿体ないです。
なので、2019年の秋に約1ヶ月間ドイツに滞在し、志望候補の大学に訪問しました。まだ卒業研究の真最中だったので、夏休みを全返上して研究に打ち込み、滞在中にもデータ解析の時間をスケジュールすることでなんとか時間を確保しました。
この滞在で訪れたのは、以下の4大学です。
- ミュンヘン工科大学 (園芸科学)
- ホーエンハイム大学 (作物科学、食品バイオテクノロジー、食品システム)
- ボン大学 (植物科学)
- ゲッティンゲン大学 (植物保護)
出発の前からメールでアポイントメントを取りスケジュールを調節しました。結果的にミュンヘン、シュトゥットガルト、ボン、ゲッティンゲンとドイツをぐるっと一周する形で各大学を見学していきました。
滞在していて、まず「ドイツって住みやすい」と思いました。スーパーなど生活に必要なお店や美味しいレストランが充実しています。タイ料理や中華料理など色んな国のお店があるのも本当に助かります。残念ながら日本のようなコンビニはありませんが、Lottoなど宝くじを売っているお店でスナックやジュースは買えるので想像していたより不便はしませんでした。2年間を過ごすのにあたって困ることは殆ど無いと思います。
また、民泊やゲストハウスでキッチンが使える時にはスーパーで食材を買って自炊していたのですが、肉類や乳製品が日本の1/4ほどの値段で驚きました。
そして、各大学でアポをとった先生達との面談や、志望先のプログラムの学生に話しかけるなどして大学の情報を出来る限り集めました。今回は進学先のホーエンハイム大学についてご紹介しようと思います。
ホーエンハイム大学 (独語:Universtät Hohenheim) は1818年に設立された農業アカデミーに由来する大学であり、キャンパスはドイツの南西部バーデン・ヴュルテンベルク州の中心地シュトゥットガルトに位置します。
大学の設立にはヨーロッパ史上最悪と言われる飢饉が背景にあり、国による自然科学の教育と研究を目的とし、現在でもドイツ内の農業分野ではトップに位置しています*2。プログラムは農学、自然科学、ビジネス・経済・社会科学の3部門が存在し、ドイツ語だけでなく英語でも学べるコースも充実しています。 (詳しくはこちら)
校舎はカール・オイゲン公爵の別荘である宮殿が当時から使用されており、建物内にはシャンデリアのあるダンスホール、青く装飾された美しい会議室、豪華なバルコニールームと物語に出てくる宮殿そのものです。
今回お会いしたのは作物科学科の留学生担当のKatrin Winkler先生とCrop Biodiversity and Breeding Informatics研究室のKarl Schmid教授です。
お二人共訪問を快諾してくださり、当日はお忙しい中大学の出願のことから作物科学科でのカリキュラム、就職先など沢山の情報を提供して頂きました。また、Schmid教授の研究が自分のやりたい内容と一致しており、また、唯一の日本人の先輩であるダイジロウさんからのアドバイスもあってホーエンハイム大学への出願を決意しました。
さらに、ゲッティンゲン大学ではSusanne Weigand博士と日本人の講師宮川創先生とお会いして、ゲッティンゲン大学の雰囲気やカリキュラムを気に入り、出願を決意しました。一方で、ミュンヘン工科大学とボン大学は面談の結果、コースやカリキュラムの内容が理想と異なり、断念しました。
後書き
いかがだったでしょうか。
自堕落な学生生活から、澤田酒造との出会いをキッカケに醸造家を目指し、マウリさんのアドバイスと現地への訪問を通じてドイツへの留学を決意したというお話でした。
人間なにをキッカケに人生が変わるかわかりませんね。
私以外の留学生も、1人1人に特別なストーリーがあると思います。誰もが何かをキッカケにドイツ留学という門を叩いたはずです。
もし、この記事が誰かのキッカケになってくれたら嬉しいです。
次回はホーエンハイム大学での出願手続きの詳細な説明から、合格までの道のりについてお伝えしていきたいと思います。それでは!
著者:白くま(note)/編集:井上誠志
出典
*1 Craft Beer and Brewing Magazine, Alexis (barley) (最終閲覧日:2020年6月27日 )https://beerandbrewing.com/dictionary/RfN2pwERyM/
*2 QS World University Rankings, Agriculture & Forestry(最終閲覧日:2020年6月27 日)
https://www.topuniversities.com/university-rankings/university-subject-rankings/2020/agriculture-forestry
白くまさんこんにちは。
私も白くまさんと全く同じく、TUMとUHの大学院進学を目指すものです。いくつか質問があるのですが、直接コンタクトとることはできますか?
ぶしつけなお願いで申し訳ありません。
白くまさんのことを応援しております!